「待ち合わせしてたら電池がゼロになってしまって、マクドナルドで充電したんです。結局、1時間遅刻して、大前さん激怒だろうな、と思ってました」
「そうだったんですね(笑)僕、『遅い』とか全然思ってなかったです」

3年前の出会いを笑いながら振り返るのは、小説家の大前粟生と町屋良平。
当時、大前氏は『彼女をバスタブに入れて燃やす』で『GRANTA JAPAN with 早稲田文学』公募プロジェクト最優秀作品に選ばれ、デビューしたばかり。同プロジェクトの最終候補に残っていた町屋氏も、同年デビューを果たした。
以来、町屋氏は、人生を憂うプロボクサーの内面を綴った『1R1分34秒』で芥川賞を受賞。大前氏は、昨年短篇集『回転草』を発表、読むものの意表をつく設定とストーリーが話題を呼んだ。

「大前さんが全然怒ってなくて、『めっちゃ優しい!話しやすそう!』って感じました。その後、一緒に鳥貴族に行ったんですよね。キャベツを食べて、1時間喋った後、この人とは延々喋れるわぁって思いました」

2019年3月23日、青山ブックセンター本店にて、二人の新刊記念のトークイベントが開催された。出会った頃から取り巻く状況も一変した二人だが、「延々喋れる」関係性は変わらないようだ。互いの新刊の感想や影響を受けた作家、小説の特徴にいたるまで、二時間たっぷり、自由に語り合った。

救われている救い、救われてない救い

巨大な後悔とか、自己嫌悪、死んでしまいたい自己否定のさなかでも、ぼくは人生がおもしろかった。こんなの、神秘いがいのなんなのだろう?そして夢中で日記を書きつけていた。膝のうえでノートをひらき、利き手の小指がわの腹も汗をかき、帳面がしめると水をのむ。書くことは無制限にのびやかに、ひろがってゆく。

町屋良平『ぼくはきっとやさしい』

町屋氏の新刊『ぼくはきっとやさしい』では、“ハイパーセンチメンタル”な男 岳文の全力な恋路が描かれる。日記をつける習慣をもつ彼の物語には、さわやかなタイトルと裏腹に、ホラー映画のような不穏さが漂う。

大前「主人公の岳文は、テキストの世界を生き過ぎて、現実を見られていない。心のなかでは饒舌なのに、会話では、うまく自分の気持ちを言語化できなくて、好きな女性たちに想いを伝えられていない。そのうえ、彼はヨガとか仏教とか、少し世俗の外にあるものに惹かれていく。そういうところも含めて、ホラーっぽいな、と思いました」

目の前の現実とテキストのなかにある現実の境目が溶ける。そのなかで現実を見失っていく主人公、岳文。彼はなぜそこまで日記を書きすぎてしまうのか。

町屋「岳文くんは、ヨガをしたり、仏教が好きになってインドに行ったり、現実とは異質な経験も、すべて日記に書いて、ホラーではないものとして扱いたい。自分の“ホラーっぽさ”を認めなくないんですよね。だから、日記を書きすぎてしまう。
現実を日記の方に持ってくるというか、現実の分量と日記の分量を比べたときに、前者がより薄い状態にしたい。現実の自分を薄めて透明にしたら、やさしくなれるんじゃないかって願っている。こう話していくと、改めてめっちゃホラーですね(笑)」

大前「でも、最後にちょっとした救いがありますよね。『俺たちの人生はこれからだ』的な。でも、ある面から見ると普通に怖いんだけれど」

町屋「そうですね。小説の登場人物には、救われている救いと、救われてない救いがあると思っています。前者は、報われたりもしているけれど、自分自身の思う「救い」とはズレている状態、後者は、ずっと絶望していて、救われていない安心感にどんどんハマっている状態。どっちも等しく怖いですよね。この小説は、その両者の間に落ち着かせたいと思って、書いていました」

「美」と「痛み」の運動を切り取る

妹の右目からビームが出て止まらない。流星群の日に、ふたりで「かっこよくなりたい」と流れ星にお願いをしたからだ。救急車を呼んだけれど、「手立てはない」と医者はいう。仕方がないので、私は右目を手で押さえつづけている。

大前粟生『私と鰐と妹の部屋』

「大前さんの作品は、脈絡なく美しいんですよ」
そう町屋氏が語る大前氏の新刊『私と鰐と妹の部屋』は53の掌編から成る。
目からビームが出る妹、忍者を仕事にする母親、紙粘土で上司をつくる男。
読み手の理解を待たず、次から次へと、奇妙な物語が繰り広げられる。そんな荒唐無稽ともいえる、誰にも似ていない独特のユーモアを持つ大前作品を、町屋氏は「美」と「痛み」から紐解いていく。

町屋「展開が美しいときもあるし、出てくるアイテムが美しいときもある。僕が、『私と鰐と妹の部屋』を読みながら書いたメモを読み返すと、『最高』とか『美!』とか書いてありますから。その一方で、現代を生きる人が普遍的に抱えている「痛み」もある。その間を大前さんがびゅーって、素早く運動し続けているんですよね」

大前「嬉しいです。自分としては、その美もちょっとだけ超えて、不気味っていう感じかなって、思ってます」

町屋「まさにそうだと思います。美もそうですし、痛みもちょっと突き抜けてる。大前さんの小説には、傷つく才能を持った人が沢山出てきて、その才能ゆえに傷つき過ぎていたりする。」

交際相手の抱える悲しみを理解するために、睡眠や食事を断ち、冬の屋外プールで泳ぎ続ける男性。人を傷つけたら死にたくなるという理由で失踪した兄と、相変わらず「お兄ちゃん元気だってー」と母親に報告するめいこ。20歳になったら、他の人の話に笑わない、「イライラする」と口に出す「悪魔」になろうと己に言い聞かせる女性。
53の掌編には、町屋氏の言う通り、傷つきすぎる人物が何人も登場する。

町屋「収録されてる掌編は、どれも美と痛みの間で、バシッとシャッターを押したような作品ですよね。美に寄った作品もあれば、痛みに寄った作品もある。突き抜けて不気味なものも、ちょっと痛みが強いものもある。
けれど、どこを切り取っていても可愛くてポップ。そういう僕の好きな要素が結実しているのがこの作品だと思っていて。大好きですね。もう、7兆冊売れて欲しいと思ってます(笑)」

愛してやまない大前粟生の作家性を、町屋氏は一言で「シューティングスター」と形容する。

町屋「スターって、才能とか技術とか華だとか、そういうの関係なくスターなんですよね。そこに理由はない。大前さんの小説も脈絡なく美しいものがある。だから、大前さんはスターなんですね」

面白さまで、助走なし

7兆冊売れて欲しい本著のなかで、町屋さんが衝撃を受けたのは、『仕事をやめる』の書き出しだ。

町屋さんは、この箇所に「面白さまでの助走なし」とメモしたそうだ。

町屋「小説では、その世界を読者と共有するまでの手続きがあるじゃないですか。でも、大前さんはね、手続きなし。省いたからこその1文目が生まれている。この『わたしは忍者ですごいのだけれど〜』という書き出し。普通なら『私が忍者ですごい』という内容について詳しく書いてから、『すごいのだけど』の部分があるじゃないですか。でも、そこを容赦なく省いちゃう」

大前「もう『忍者』ってだけですごいじゃないですか。だから別に細かく語っても面白くないし、退屈かな、って思うんですよね。この人は〇〇という名前で、どこどこで働いていて、どういう人物で、とか。そういう冗長性をなるべく無くしたい。僕自身が、小説を読んでいて、冗長だと疲れてしまうタイプなので。退屈しないように、1行目で妹の目からビーム出したい。とにかく早くアドレナリンを出したい」

町屋「そこはやさしさなんですね。やさしいアドレナリンというか」

町屋氏は、その作風から、米国の作家、セス・フリード氏を連想したと語る。

町屋「彼も短編にアイデアを惜しみなく詰め込むタイプじゃないですか。『そんなにすばらしいアイデアをこんなにどんどん詰め込んでいいの!?』と思うような。その感じが大前さんと近いと思います」

大前「あぁ、確かに。他の作家だと、ミランダ・ジュライも近いかなと思っています。いずれにしても、アメリカの現代文学で、短編が得意な作家と、傾向が似ていると感じます」

身体と身体の外の“間”を描く

大前氏が「系統が近いと思う作家はいるんですか?」と聞くと、町屋氏は「江國香織」の名前を挙げる。

町屋「江國香織さんが大好きで、むさぼり読んでいたので、相当影響を受けていると思いますね。『ぼくはきっとやさしい』も、キーワードになるのは恋愛なんだと思います。恋愛してるときって、みんなおかしくなるじゃないですか」

大前「たしかに、暴走しますよね」

町屋「そう、異常な感覚に陥るじゃないですか。しかも、恋愛状態においてはみんなが暴走して、新しい自分に出会う。その恋愛時の身体感覚が気になってしまうのは、きっと江國さんの小説を読んでいたからなのだと思います」

手のひらと手のひらが繋がる経験は、他のなににも代替の利かない、まったき閃光なのだとおもいしった。幸福感に酔った。しかし、こんな感動の氾濫はこわすぎる!

町屋良平『ぼくはきっとやさしい』

デビュー作の『青が破れる』に始まり、『しき』、『1R1分34秒』、『ショパンゾンビ・コンテスタント』でも、恋愛と身体は重要な要素だ。大前氏は、町屋氏がエッセイに綴っていた文章を例に挙げ、『身体』の描き方についてたずねる。

大前「以前、エッセイのなかで、『言語化してしまったものとそれ以前のもの、身体と身体の外。その間を小説にしたい』と書いてましたよね。『身体』を描くことって町屋さんの軸としてある気がしています」

町屋「そうですね。人の身体には、『感覚としてあるけれど、まだ言語化されてないもの』があると思うんです。それが身体のなかで言葉になって、発言や書き物になって外に出ていく。そのプロセスを一つずつ立ち戻って、自覚してみたいという気持ちがあるんですよね。最後に出てきた言葉が完成品なのではなくて、その最後に至る前段階の言葉も含んだような」

大前「それが、作中の主人公がボクシングやダンスをする理由なんでしょうか?」

町屋「たしかに。今言われて初めて気づいたかもしれない(笑)たしかに、僕の主人公がボクシングをしたりピアノをしたりすると、日常でその人が表現したもの、言葉の移動を、そのまま書ける。彼らの身体の持っている言葉を、自分の言葉で表現しているイメージかもしれないですね」

二人に共通する「現実がつらい」

アドレナリンの出るポップな不気味さを描く大前氏、言語化における身体感覚を追求してきた町屋氏。二人の作品が描き出すものは異なるが、小説を書く動機は共通している。

町屋「大前さんも、現実がつらくて、気がついたら小説を書いちゃうことなのかなと思っていて。僕はそうなんですよ。産みの苦しみがあるタイプというより、現実を生きていて、気がついたら小説を書いてしまう」

大前「僕も同じですね。現実逃避というか、現実とは別のところにリアリティがあると嬉しいなと思って書いてます」

二人が、小説と現実の間を行き来しながら書いた小説は、私たち読み手を、一瞬で現実から引き離してくれる。美と痛み、救いと救われなさ、身体の中と外、そして現実とフィクション。これからも、私たち読み手を引っ張り回し、ままならぬ現実へのフラストレーションを発散させてほしい。

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青山ブックセンター本店
文学やカルチャー、人文書など幅広く扱う。イベントや講座、ワークショップなど書店を生かした学びの場も積極的に展開する。
〒150-0001 東京都渋谷区神宮前5-53-67 コスモス青山ガーデンフロア (B2F)

大前粟生(おおまえあお)
92年兵庫県生まれ。小説家。2016年、短編小説「彼女をバスタブにいれて燃やす」がGRANTA JAPAN with 早稲田文学公募プロジェクト最優秀作に選出されデビュー。「ユキの異常な体質 または僕はどれほどお金がほしいか」で第二回ブックショートアワード受賞。「文鳥」でat home AWARD大賞受賞。著書に『回転草』、『私と鰐と妹の部屋』がある。

町屋良平(まちやりょうへい)
1983年東京都生まれ。2016年『青が破れる』で第53回文藝賞を受賞しデビュー。同作が第30回三島賞候補となる。『しき』が第159回芥川賞候補、第40回野間文芸新人賞候補となる。2019年『1R1分34秒』で第160回芥川賞受賞。近著に『ぼくはきっとやさしい』がある。