友人から「新しいメディアでリレーコラムをやるから、あなたも何か書いてほしい」と言われて、Basecampの新刊「NO HARD WORK!」のブックレビューを書きあげたのが、先週の日曜日。500〜900字くらいでお願いします、というオーダーに対して、3600字もの熱量のこもったテキストを書いたのだった。

そうしたら、その日の夜にモリジュンヤさんから「NO HARD WORK!」についてUNLEASHに書評を書かないかってお誘いのメッセンジャーが来たんだ。その本については、たった今書き終わったところだよ…

でもよい本には奥深さというものがあって、ぼくが3600字書いたくらいでは語り尽くしたことには全くならない。なので前掲のメディアとは異なる切り口で書いてみようと思うんだ。

「穏やかな会社」というコンセプト

「NO HARD WORK」を書いたのは、みんなが大好きなBasecamp社。クラウドのプロジェクト管理ツールを提供していて、従業員の大半はアメリカ国外でリモートワークをしていることで有名だ。

「小さなチーム、大きな仕事」「強いチームはオフィスを捨てる」の2冊を経て、この本では穏やかな会社=「カームカンパニー」というコンセプトを見いだしている。

どの辺りが穏やかなのか、ちょっと書き出してみる

  • 会社は小さいままがよい
  • 大手企業を顧客として重視せずに、中小企業だけを顧客にする
  • オフィスは図書館のように・残業をしない
  • 同僚への相談ごとは決まった時間で。「オフィスアワー」に限定する
  • SlackもGoogleカレンダーも(ほとんど)必要としない
  • 夏は週休3日
  • 会社設立初日から利益をだす・外部から資金調達しない

スタートアップ全盛のこのご時世では、「ちょっと変わってる」と思えることが、ほぼ全ページに渡って書かれている。

でも「こういうちょっとした工夫をしている中小企業は、いくつもあるんじゃないの?」「どの辺りが穏やかなのかな?」と思う人もいるんじゃないかな。

ここで、Basecampとは全然異なる会社をだして、両者を比較してみたい。どこかというと、ユーザー数が世界で1億人を突破した巨大企業、NETFLIXだ。

この赤い本は、NETFLIXの人事責任者パティ・マッコードが書いた本。

NETFLIXといえば、その強力な企業文化と行動規範を記した「カルチャーデッキ」が有名だよね。

「シリコンバレー史上最高の文章」と言われるカルチャーデッキの日本語訳は以下のブログから読むことができる。

「NETFLIX最高の人事戦略」から気になったポイントを以下に書き出す。

  • A級のプレイヤーを揃える採用人数を半分にして、2倍の給与を払う過去実績ではなくて、将来生み出してくれる収益をベースに給与を決める
  • ヘッドハンティング会社と独占契約をするのではなく、自社にヘッドハンティング機能を持つ
  • いつでも人材の補充が可能だからすぐ解雇できる
  • 強力でアップデートされ続けるカルチャーデッキ
  • ビジネスモデルの大幅な転換:DVD配達→ストリーミング→オリジナルコンテンツサブスクリプションによる巨大な収益基盤10試合ごとの人事考課

どうだろう。世界で勝つために、最高の人材を集めて、パフォーマンスがでないと常に入れ替えている感じだ。

これってつまり、「世界最高峰のプロスポーツチーム」に見えないかな。サッカーで言えばレアル・マドリードみたいな。「10試合ごとの人事考課」なんて表現もでてくるしね。

NETFLIXの人事の本には、ビジョンという言葉はでてこない。もはやこのレベルの人達だと、「優秀な仲間と働きたい+世界最高のリーグで優勝したい+あとお金」が最大のモチベーションになるようだ。方向性がずれると大変なことになるので、カルチャーデッキが必要になるのも、理解できる。

でも僕は率直に言って、NETFLIXでは働きたくはないな。

この本を書いたパティ・マッコードは、自らがつくった仕組みにのっとって、NETFLIXをクビになるんだ。

NETFLIXが独自コンテンツをつくる体制になったら、ハリウッドの文化に詳しくないパティは「B級プレイヤー」になってしまったから。

これってなんだか悲しくないかな。それとも、「私はレアル・マドリードで10年もプレイしたんだ」という誇りの方が強いのかな。僕にはちょっとわからない。

芸術家としてのBasecamp

さて、NETFLIXが「世界最高峰のスポーツチーム」だとしたら、Basecampは何に喩えるのがいいだろう。

ぼくは「アウトプット最大化のために日常のルーティンに全神経を集中させる芸術家」のように思える。

実際、「NO HARD WORK!」には「天才たちの日課」からの引用がたくさんでてくるんだ。

「天才たちの日課」は、大勢の偉大な天才たちの習慣を調べた本だ。読んでみるとわかるけど、村上春樹だけでなく、一見豪放磊落な芸術家であっても毎日決まりきったルーティーンをこなしている。ヘミングウェイとかね。

朝起きてコーヒーをいれたら4時間作業。お昼ごはんを食べて運動して、夕飯は誰かと食事。以上。

みたいな感じで。クリエイションで最大の成果をだすために、誰もが一定のリズムで「穏やかに」生活することに執着していることがわかる。

Basecampが様々なことにこだわっているのも、「しごとに集中するため」なのではないかな。

何億ドルもの資金調達の大騒ぎから距離をとり、プロダクトの仕様に口をだしてくる大企業から背を向け、大金が飛び交うタレント・ウォーを気にせず街の店員からCS担当者を採用し、官僚組織が必要ないほどに小さな組織のままでいる。

これって全部「いい仕事」をするためだと思うけど、ではBasecampの考える「いい仕事」ってなんだろう。

少なくともNETFLIXのようなスケールでの「世界で勝つ」ことではないだろう。

ぼくもはっきりとはわからないけど、「改善を繰り返して、いい会社を作ること」なのかもしれないなと思う。

芸術家が巨石をカツンカツンと削って石像をつくっていくように、Basecampもまた、事業と組織を少しずつ変えながら、よりよくある状態を目指している。

「よりよくある」という中には、VCはもちろん投資家も銀行もいない。決算上のよさではないのだ。なんなら「顧客第一」という言葉もふさわしくない。

(Basecampは、「シンプルにしたい」という理由で、ユーザーがついて儲かっているCRMサービスを閉じたりしている)

偉大な会社になるーなんてことも考えてなさそうだ。

最後に残るのは「自分たちと、家族がよき人生を送るための”vehicle”を作ること」だ。

仕事というのは、自分と家族ためにあって、そのために会社を絶えずアップデートしていく。

それでいて、外部環境の変化が激しいウェブ業界において、ずっと高収益を保ち、スタッフの給与は市場の上位10%を保ち続ける(!)。

僕はBasecampの本を読むといつだって、世界を変えるためでもなく、VCや株主やオーナーのためでもなく、自分たちと家族のために穏やかに働く場所としての会社を立ち上げたくなる。

本に書いてあるひとつひとつの施策を真似るのは簡単だ。

でもBasecampがさらりと実現しているのは、もっとアクロバティックなことだ。

資金調達なしで、世界中のユーザーに受け入れられて、同僚は10年も一緒で、カルチャーを変えたくないから何万人もの大口顧客を断り、かつNO HARD WORK。

ガンガン行くんだ!という躁的なスタートアップと違ってじっくりプロダクトをつくり、プロフェッショナル・ファームと違って顧客を自分の上に置かない。

どうやったらこんな「穏やかな会社」が作れるんだろう。

僕は今、企業内で新規事業を立ち上げる仕事をしているんだけど、いつか「穏やかな会社」にチャレンジしてみたいと思うよ。

次のキャリアか、次の次のキャリアで…ってそんな日が来るかわからないけど、とにかく魅力を感じている。

もちろん「芸術家としての」会社であれば、作品が世に受け入れられない可能性だってある。

貧しい芸術家の人生を送るのだって全然悪くないけど、少なくとも自分たちと家族がハッピーでいる事を目的とするなら、(世界中の)お客さんがよろこぶものを提供しなきゃいけない。

左手に崇高な志向と、右にはビジネスの腕。
僕はまず、両利きの人間になれるようにがんばるよ。

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寄稿者プロフィール:
東藤泰宏。1981年生まれ。U2plus創業、ベンチャーから大企業内での事業立上げなど。関心領域は海外文学・人文知・経済学・物流など。よくありたい。 Twitter:toudou_u2plus