どれだけ長くチンタラダラダラ生きたとしても、それが人生に物語を与えてくれるわけじゃないってことはむかしからなんとな〰く気づいてはいたけれど、実のところその気配っていうのは歳を重ねるごとに薄まってきて、もっと若くて青くて「人生は…」なんて主語を使うことがいまよりもずっと憚れていた時期のほうがずっと正確に捉えられていたってことを年齢が否定しようとする。それが三十路だ。もちろんこの主語は大きすぎる。

ぼくらはいま、物語について考える。

物語はそもそもひとの人生に宿るものなんかじゃなくて、というか物語とひとのあいだにはいかなる従属関係も存在しなくて、それぞれが独立した状態で世界をビュンビュンと自由電子みたいに飛び交っている。そして物語とひとは特に理由なく衝突する。その衝突によって物語とひとの軌道は大なり小なりの変化を受けてまったくちがう方向で、ちがった速度で飛び去っていく。
人生という時間はいってしまえばその散乱断面積みたいなもので、そりゃ長く生きてるひとっていうのは物語に出くわす確率がとうぜん高くなるわけで、そんな確率のお話が成長やら人間性やらを決定的に保証してくれるなんてやっぱりおかしい。物語とひとのあいだに生じる偶発性は生きれば生きるほどに薄まっていて、おっさんおばさんの深イイ話が陳腐なものに収束するのはそのせいなんだろう。統計的に確からしい必然的な物語を語ることは、実のところ想像力なんて必要ないのだ。

物語ってほんとうにその程度のものなのか?
物語はそんな陳腐なものなのか?
「お約束」の手垢まみれのプロットをこねくりまわすことは、現代の作家にとってほんとうに必要なものなのか?

こうした疑問が脳裏をよぎったとき、ぼくは舞城王太郎を読む。陳腐でベタで、いまさら堂々というのが憚れるような恥ずかしいことを平気で言ってしまえる作家。現代的でポップな文体をまといながらも、かれはなぜ愛や正義と真正面から向き合おうとするのだろうか?

彼は批評をして私は感想を言う

愛は祈りだ。僕は祈る。僕の好きな人たちに皆そろって幸せになってほしい。それぞれの願いを叶えてほしい。温かい場所で、あるいは涼しい場所で、とにかく心地よい場所で、それぞれの好きな人たちに囲まれて楽しく暮らしてほしい。最大の幸福が空からみんなに降り注ぐといい。僕は世界中の全ての人たちが好きだ。

──舞城王太郎『好き好き大好き超愛してる』

舞城王太郎が『煙か土か食い物』でデビューしたのは、2001年のことで、その時私は9歳だった。
私がはじめて舞城王太郎作品を読んだのは、17歳だった2009年で、その作品は三島由紀夫賞を受賞した『阿修羅ガール』だった。
それから2年後の2011年の春、もうすぐ19歳になる18歳の時に、当時好きだった男の子の友達で私も友達になった男の子に教えてもらったのが『好き好き大好き超愛してる』だった。
その子と私は、時折本を一緒に読むために集まった。渋谷の真ん中にあった大学付属の高校に通い、チア部に所属し、友達と遊ぶといえば、カラオケかプリかショッピング、だった私にとって、誰かと本を読んだり、本について話したりするということはとてつもなく新鮮な出来事だった。
彼は私に色々な本のことを教えてくれた。「ゲンショウガク」とか「ウィトゲンシュタイン」とか「キダゲン」とか、よく知らない言葉や人名もたくさんあった(というかほとんどだった)けれど、私は彼が薦めてくれた本を少しずつ読んでいった。
そして、彼が紹介してくれた数々の本の中で、とりわけ私の心に響いた作品の一つが『好き好き大好き超愛してる』だった。

『好き好き大好き超愛してる』は2004年8月に刊行された中編の小説で、同年上半期の芥川賞の候補作にもあがった。主人公は小説家の治。作中で、病気で死んでしまった恋人・柿緒との思い出を回想しながら小説を書きづつけている。さらに二人の物語の間に「愛する人の死、喪失」をテーマにした三つの寓話が挟み込まれる。「物語」と「生活」を通し、愛する人へ、どうしようもない今や過去へ、未来への祈りが描かれる。

その男の子は『好き好き大好き超愛してる』について、「舞城は最初の2ページに言いたいことを全て書いてるんだよ。小説について書いているんだ」とか言っていて、私もすごく感動したけれど、その一方で私は愛を祈れないな、とかトンチンカンなことを思ったのを覚えている。

とにかく、『好き好き大好き超愛してる』を読み語ったことをきっかけに舞城王太郎にハマった私は、『煙か土か食い物』を読み、『熊の場所』を読み、『阿修羅ガール』を再読し、そのほか諸々読んだ。

何しろ舞城王太郎は多作で、その作風も多様だ。しかし、その作品の多くで恋愛が描かれていて、その恋愛において登場人物たちが感じたことは全て、言葉となって発露されている。
そして、私は、そこに私がいる、なんてつい思ってしまうのだ。

「物語作家」としての舞城王太郎

偶発のなかに物語を見出す力を「想像力」とぼくは呼ぶ。
AがBに遷移するその瞬間を見逃さないこと。
たとえわずかな変化だったとしても、それが致命的な変化だったという認識を持つこと。
その変化にひそむ現象を象徴化すること。
フィクションの想像力はこうした行為を経て事実とは似て非なる現実を作り出す。たとえばこうだ。

14歳になった春、信じられないことだが、まるで堰を切ったように僕は突然しゃべり始めた。何をしゃべったのかまるで覚えていないが、14年間のブランクを埋め合わせるかのように僕は三ヶ月かけてしゃべりまくり、7月の半ばにしゃべり終えると40度の熱を出して三日間学校を休んだ。熱が引いた後、僕は結局のところ無口でもおしゃべりでもない平凡な少年になっていた。

──村上春樹『風の歌を聴け』

この短いパッセージは『風の歌を聴け』の本筋とまったくといっていいほど関係がないものなのだけど、それでもこのなかにはきちんと物語がある。「僕」という存在が、季節や熱といった外的要因によりカフカの『変身』でザムザが虫になったような確実な変化を遂げたのである。

こうした外的要因による状態変化は村上春樹作品の基本構造としてたびたび採用されていて、特に明瞭に現れているのが『7番目の男』という短編だ。
この物語ではある男が幼少期に大きな波に友人がさらわれてしまった経験をし、以降、「波」が恐怖の象徴としてかれの人生に影を落とす。そしてかれはその恐怖を取り除くために年月を経て波と相対し、ひとと恐怖となったオブセッションとの関係性を教訓的に提示する。シンプルな構成ゆえに、物語観が明瞭に現れた作品だと読める。

それに酷似した作品が舞城王太郎『熊の場所』である。主人公は少年時代、同級生が猫を殺して尻尾を切りそれを集めていることを知り、それによりこの少年に恐怖を抱くようになる。つまり「波=同級生=恐怖」という構造をとるのだが、もちろんそれだけではない。猫殺しを知ってからすぐに主人公は父親が「熊」に襲われたというエピソードを想起する。
父はいったん熊から逃げる。安全なところまで逃げたあと、父はこのまま逃げただけじゃ「熊」がじぶんのなかで恐怖の象徴になることを自覚し、それを防ぐために銃を手にして森へ戻る。そして熊を殺し、みずからのオブセッションとなるものを葬り去ることに成功する。この教訓に従い「僕」はまー君と向き合い、友だちになる。このようなエピソードを物語化する手つきをメタ化することにより、『熊の場所』は『七番目の男』の単なる模倣に終わらない作品となっている。

舞城王太郎は物語作家だ。小説という散文表現には必ずしも「物語」が要求されないのだが、舞城王太郎の作品は常に「物語」に対する自覚的な問題意識が通底されていて、直情的な口語文体によりライトな印象を受けるが、時として物語に対してメタ的な視点が巧みに導入されるなど高い技術を駆使して「物語」と「物語観」が同時に、そして重厚に語られる。それはまるで「物語」や「物語を書くこと」が、かれにとっての「波」であり「まー君」であり「熊」であるかのようなオブセッションを纏っている。

私は彼を好きと言って彼は何も言わない

2018年10月に刊行された短編集『私はあなたの瞳の林檎』には、恋を題材とした三つの短編が含まれている。そのうち、表題作の「私はあなたの瞳の林檎」では、主人公の僕の一人称で、彼が想いを寄せる同級生の鹿野林檎について語られる。

「好き」という気持ちが、二人の関係の中ではなく、僕の思考の中で膨らみ、確固たるものになってしまったがゆえに、林檎には彼の想いがなかなか届かない。その様が甘酸っぱくとも痛々しく、私は過去の私と私の恋に向き合わざるを得なくなる。

僕が林檎のことを好きになった理由や原因についてはよく判らない。きっかけも。気がついたら特別だったのだ。

──舞城王太郎「私はあなたの瞳の林檎」『私はあなたの瞳の林檎』

2009年から2013年頃まで、私は同じ塾で出会った違う高校に通っていた男の子が好きだった。私はしょっちゅうその子に好きと言っては振られていて、もはやその告白は一発ギャグみたいに扱われていた。
出会いは塾の教室だった。私が部活着でパンパンのカバンを持って、机と机の間の細い通路を歩いていたら、その子の電子辞書をカバンで引っ掛けて落としてしまったのだ。それがきっかけで話すようになって、気がついたら好きだった。
電子辞書を落とされた上、ほぼ見ず知らずの女に惚れられてしまった彼の気持ちを思うと本当に気の毒でならないけれど、私はその時、疑いようのない温度感で、まっすぐに彼を好きだと思ってしまったのだからしょうがない。

「今好きなものを次なんて探せませんよ」
「今の好きなんて本当の好きじゃないから大丈夫。探さなくても出会いの中で見つけられるから大丈夫。好きかどうか判らない相手でもとりあえず付き合っちゃえばいいんだよ。駄目だなと思ったら別れちゃえばいいんだし!」

──舞城王太郎「私はあなたの瞳の林檎」『私はあなたの瞳の林檎』

本当に大好きだと思っていて、この人しかいないと思ったその子とは結局うまくいかなくて、友達として仲良くなった人と付き合ったら意外と普通に大好きになれて拍子抜けした。
あのどうしようもない「好き」って気持ちは一体何だったのだろうか?

「想像力」が具現化する

怖い想像力が悪い影響を持つって、まさしく堀江さんに起こっていると思う。

──舞城王太郎『淵の王』

舞城王太郎作品のひとつの定型として挙げられるのが「まわりの人間を腐敗させる女の居場所に乗り込んで徹底的に口論する」というプロットだ。芥川賞候補になった『ビッチマグネット』や短編集『されど私の可愛い檸檬』に収録された『トロフィーワイフ』はその典型である。

このタイプの作品において、語り手の立ち位置は基本的に「物語」の外に配置されている。『ビッチマグネット』や『トロフィーワイフ』で語られる物語は弟の恋愛や姉の離婚騒動であり、語り手は決して当事者ではない。当事者ではないがゆえに、語り手の思考は「物語」に取り巻かれた特殊なシチュエーションで生じる特殊なものではなく、いたって常識的な、「ふつうに考えて◯◯が××するのはおかしい」といった類のものだ。
しかしそれは決して小説としてのありきたりさには繋がらない。「常識的」な観点からの違和感は異変を生じさせている「なにか」の像をはっきりと見出す。ビッチを引き寄せてしまう弟の「ビッチマグネット」たる体質や、「トロフィーワイフ」たる暴力的な正しさの化身たる姉は他者のありようを根本的に変質させてしまうように、「存在の変質=AからBへの状態遷移=物語」を生じさせる演算子として他者に作用する。

『トロフィーワイフ』では、非の打ち所がない姉・棚子が配偶者と突然別居し、福井の友人・軍曹の旦那の家に住むようになり、そこで棚子は完璧なまでの正しさで育児や介護に取り組むことで、一家のライフスタイルに致命的な変化を与える。そこに語り手の扉子が乗り込んでいく。棚子のふるまいは一見して「住み込ませてもらっている恩返し」として善良そのものではある。ただ、他者へのコミットが強すぎ、かつ善良であるがゆえの否定しづらさから、寄生した家族に無自覚の恐怖を植え付け、実質的な破壊をもたらそうとしていると扉子は言い放つ。
扉子や軍曹たち家族には悪意らしい悪意が存在していないにもかかわらず、扉子この一連の騒動に悪意を見出し、物語として語る。扉子と棚子の壮絶なやりとりにはその悪意の存在に確からしさを覚えてしまうが、しかし実のところほんとうにこれは存在していたのだろうかというわだかまりが読後に残る。

こうした所在が曖昧な悪意は「ビッチマグネット」や「トロフィーワイフ」といったことばにより象徴化されることで、ひとつの物語として読者に了解される。しかし、それではあくまでも小説技術としてのメタファーの域を出ず、それらが実在しているというリアリティたる具体性には届かなかった。しかしそれを「現象」たる具体性を付与したかたちで描き出した作品が長編小説『淵の王』だ。
3つの中編小説の連作形式をとったこの小説は、それぞれ「中島さおり」「堀江果歩」「中村悟堂」を主人公としていて、語り手は彼・彼女らの人生に寄り添うこの世ならざる実体なき存在だ。二人称と三人称の中間のような独特の叙述形式が採用され、舞城作品で多用される口語体一人称からは一歩下がった場所から物語が語られ、それゆえの視野の広さがある。その語りの視界から見えるのが「具現化した悪意」だ。

一作目の「中島さおり」の物語は、上述の「まわりの人間を腐敗させる女の居場所に乗り込んで徹底的に口論する」というプロットに沿ったもので、『トロフィーワイフ』とかなり似た筋書きである。東京に進学したさおりは地元福井に残る友人・伊都の異変により彼女の元へ駆けつける。伊都の異変は旧友の妻・美季に育児を押し付けられ、生活を侵食されていたためであることが発覚する。この伊都にとっての物語は美季の存在以前と以後の変化として生じているが、この変化の象徴するものとして、物語の最後に語り手は美季の子どもの背後に「真っ黒の影」を見る。
そしてこの影は「堀江果歩」、「中村悟堂」にも引き継がれ、その所在が物語を経るごとにより鮮明な輪郭を得る。「影」という具現化した悪意の所在をつかむことで、『淵の王』という作品では「人間の悪意」より一段上にある次元の悪意に対抗しようとする。この小説は人により生み出され、やがて人を支配してしまう悪い想像力と、その物語に対して徹底抗戦する。

私は彼を、彼は私を騙る

「好き」は「好き」だけ。理由はないの。側面もないの。「ここが好き」「こういうところが好き」とかは言えるけど「ここがあるから好き」「こういうところがあるから好き」というふうには言えないの。

──舞城王太郎『阿修羅ガール』

私は日々の生活に飲み込まれた。学校に通い、彼氏と別れ、バイトに行き、本当に本当に大好きだと思える人と付き合って結婚して子供を産んで学校を卒業した。

子供を育て、働き、生活をしていると本当に時間の余裕がない。いつも目の前を見て、いろんなことに困って、とにかく解決して、余計なことは考えなくなる。

余計なことっていうのは、「愛」とか「恋」とか「生きる意味」とかそういうことだ。

社会という文脈において、個人の「恋愛」とか「思想」は基本的に語られることを望まれない。履歴書に恋人について記載する欄はないし、仕事より恋人を優先すれば白い目で見られるし、アイドルは当たり前のように恋愛禁止だ。政治的な発言をした芸能人は叩かれるし、「生きる意味って何だろう」とSNSで呟いたらバカにされたり心配されたりする。
なぜならそれらは極めて個人的なものでおおっぴらに語るものじゃないと思われているからで、ちっぽけな私が何を思って生きようと、誰を好きでいようと、何を正しいと思っていても、私も人も社会も何も変わらなくて何も救えないからだ。

だから私は語る。負け犬だから遠吠える。わずかな容量の脳に詰め込まれた微かな記憶から物語を語る。

だって物語にしないと、そこにあるはずのものがなくなってしまうから。
「誠実な批評に対しトンチンカンな感想を言ってしまった情けなさ」も「好き好き大好き超愛してる」も「電子辞書を落としたことで始まった正体不明の好き」も「私はあなたの瞳の林檎」も「本当に本当に大好きだー」も語らないと失われていってしまうから。
陳腐でもダサくてもバカみたいでも、私には、私が私でいるためには、大切で、必要で、不可欠なもの。何も変えられなくても誰も救えなくても、無価値だなんて言わせない、言わせたくない。

だから私は物語を望むし、だからきっと、舞城王太郎は物語を書き続けているんだ──

2015年の夏、仲良くなった男の子と動物園にいった23歳の私は、彼の可愛い鼻から少しだけ飛び出した毛に不覚にもときめいた。

2018年の冬、夫は私にこうお願いする。
「付き合いたての頃みたいに前髪をワンレンにしてみたら?」

私は、高校生の時に一度ワンレンに挑戦して以来、前髪を鼻より下まで伸ばしたことはないし、2015年の夏のあの時以降、彼の鼻から鼻毛が飛び出すのをみたことがないから、あの鼻毛は幻だったのかもしれない。

それでも、あの時、私はワンレンで、彼の鼻からは鼻毛が飛び出していて、だから私は結婚して、子供を産んで、文章を書いている。これはもう、どうしようもないことなのだ。