喋り、思考し、演技する回転草、夏の海に行きたい雪女に海外旅行に行くヴァンパイア。彼らは家族や恋人、友人と過ごす中で様々な問題に直面し、悩み、もがきながら生活を送る。
異形のものたちが、作家・大前粟生の小説では当たり前みたいに、けれど切実に日常を生きている。

そんな大前氏の最新短編集『回転草』の刊行を記念したイベントが、7月29日、京都・一乗寺のイベントスペース「恵文社COTTAGE」にて開催された。

大前氏は、2016年に発表した「彼女をバスタブにいれて燃やす」でGRANTA JAPAN with 早稲田文学公募プロジェクト最優秀作に選出されて以降、その稀有な想像力と独特の筆致で話題を呼んでいる。2017年には、惑星と口笛ブックスより短編集『のけものどもの』を電子書籍で販売。2018年には、創作と批評のコラボレーション企画『ストレンジャー・シングス──いま、ここだけの小説』に取り組むなど、意欲的に創作活動をおこなっている。

https://unleashmag.com/2018/06/18/stranger_things_ao_ohmae/

最新刊の『回転草』は大前氏にとって初めての単行本。本作は、幻想小説のようでありながら、InstagramやVRチャットなどが奇妙なリアリティを持って登場する。帯文を寄せたのは、芥川賞作家の藤野可織だ。

楽しくてばかばかしくて切実な絶望で、今にも破裂しそう。
読んでる私も破裂しそう。せーのでいっしょに破裂したい!
『回転草』帯文、藤野可織

藤野氏は、2006年に「いやしい鳥」で第103回文學界新人賞を受賞し、デビュー。2013年には「爪と目」で第149回芥川賞を受賞し、着実にキャリアを積み重ね、最新刊の『ドレス』では、女性として生きる“当たり前”に絡め取られ身動きの取れなくなった女性たちの姿を描いた。

https://unleashmag.com/2018/04/20/dress_kaori_fujino/

今回のイベントでは、『回転草』を起点に、大前・藤野両氏によるトークが行われた。
京都在住、海外文学・映画好き…と共通点の多い大前氏と藤野氏。そんな二人の作品は、ともに日常と奇想が混在した歪なリアルさが印象的で、すこしこわくて切なくて、けれどクスリとわらえてしまう。両者の作品の「おかしさ」「切なさ」「こわさ」の根源にあるのは、読者が奇想的、幻想的と感じる部分が作者である彼らの生活にじわりと馴染んでいるような違和感だろう。

大前粟生氏(右)と藤野可織氏(左)

感性や作風の近い二人は、このイベントで『回転草』や創作の原点ともなるおすすめの“推しコンテンツ”の話を繰り広げた。

会場入り口には二人に関係する書籍が並んだ

奇想を描く作家の原点

見て感じたことを類稀なる想像力で物語にしてしまう二人の作家の発想の原点を探るため、今回のトークイベントではあらかじめ大前氏によってオススメの書籍が厳選された。

並んだのは、『穴』、『庭』(いずれも小山田浩子著)、『マジック・フォー・ビギナーズ』(ケリー・リンクス著・柴田元幸訳)、『大いなる不満』(セス・フリード著・藤井光訳)。偶然にも、今回並んだ四作品は、藤野氏も読んだことのあり、しかも大好きな作品ばかりだといった。

ケリー・リンクとセス・フリードは、いずれも二人の一押しの現代アメリカ作家だということだ。『マジック・フォー・ビギナーズ』も『大いなる不満』も、ファンタジックな要素が満載の中、二人はそこに描かれる人間模様の「おかしさ」や「切なさ」に惹かれるという。

藤野ゾンビも出てくるし、魔法も出てくるし、いいですよね、『マジック・フォー・ビギナーズ』」

大前こういうファンタジックな作品を書く人がちゃんと売れているのは嬉しいですね。
現代アメリカの短編小説は、ちょっとゴシック的だったりファンタジー的な作品が流行っているなという印象なんですけど、ケリー・リンクはその代表格ですね」

藤野その流れではセス・フリードの『大いなる不満』も好きです。特に、私は『ハーレムでの生活』と『筆写僧の嘆き』が好きですね。前者は自分が性的に女性に欲望されない男性の話で、そうした特別な立場を笠に着ようとしたり着れなかったりする。浮かばれないなぁ、と思いました」

大前「セスさんの小説は切ない感じのものが多いですよね」

小山田浩子の『穴』と『庭』。二人は小山田氏の作品の中で描かれる緻密な自然描写に作家として強く惹かれたそうだ。

大前「小山田さん、すごく目がいいなと感じます。濃密な描写で文字を読んでいるだけなのに、目がチカチカしてくるような文章で書かれています」

藤野「読んでるだけで濃い草の匂いがしてくるような気がします。『穴』も、それから『庭』も」

大前「僕も両方一気に読んだんですけど、窒息死するんじゃないかと思いました」

おかしくて、切なくて、ことばで窒息死しそう。この感覚は大前氏、藤野氏の作品が読者に与える感覚にも共通している。

奇想的で、現実的で、どこか似ていて、全く違う二人の作家。互いの豊かな想像力を介して二人が語る『回転草』の世界は、映画やVR、創作のスタイルなど様々な方向にコロコロころがり、枝葉を広げながら膨らんで、会場全体を包みこんでいった。

藤野可織が読む『回転草』の魅力

僕は待っていた。風が吹くのを待っていた。ずっと空を見ていた。平穏な日々つづくなかで、僕だけが、また崩壊がくるのを待っていた。
大前粟生「回転草」、『回転草』p16

表題作「回転草」において、主人公である回転草(タンブル・ウィード)は西部劇の人気俳優として成功をおさめた一方、家庭では妻との不和を抱えている。彼はそうした現実から目を背けるように撮影所を抜け出し、学生時代の友人、ケンと再会する。ケンの家族たちと交流を深めていく中で、回転草はケンの家族を大事にしようと行動しながらも、全て裏目に出てしまい、結局は愛想をつかされてしまう。周囲の環境や他者との関係に問題意識を抱えながら、うまく問題を解決することもできず、つい生きて続けてしまうやるせなさが悲しくも、どこか滑稽だ。
思いもかけない方向へと進むストーリー展開に大前氏らしさを感じたという藤野氏の発言を皮切りに、大前氏の独特な執筆スタイルが浮き彫りになった。

藤野「『回転草』の面白いところは、映画俳優の回転草が主人公なのに、映画の話じゃないというところ。読みはじめの印象から全然違う方向へコロコロと転がっていく。それは大前さんの他の小説とも共通していますよね。物語が思いもよらない方向に話が進んでいくんです。そこが大前さんの作品の素晴らしいところだなと思います」

大前「僕、プロットとか組めないんです。とにかくガンガン書いていって、進めていく。だから最初に思い描いていたことを中盤ぐらいで忘れてしまうんです。逆に藤野さんの作品はすごくしっかりしているなと思います。この形でこの文章でしかつくりえないなというものが描かれていますよね。木を持ったら最初からそこに仏像がいて、あとは掘り起こすだけ、みたいな」

可愛い女の子が仮想の世界でも可愛くい続ける違和感

彼の顔と姿をしているので山田だとすぐにわかる。山田は3Dスキャンした自分自身をアバターにしていた。せっかく現実じゃないところにいるのにそんなことをするなんて、私にはわけがわからなかった。その世界での私の体は、小さくて四角い鉄の立方体だった。
大前粟生「よりよい生活」、『回転草』p200

収録作「よりよい生活」は、主人公なつみがVRの世界で送る日常が描かれている。彼女はVRの中でホラーゲームを楽しみ、アバターを介し彼氏とデートをする若者らしい生活をする一方、現実世界では過剰なダイエットにより作り上げた体の写真をInstagramに投稿することで自己承認欲求を満たしている。大前氏が描き出すダイエットに取り憑かれた“女の子”たる自分に疑念を抱きつつもやめられない姿は、藤野氏が『ドレス』の作中で提起した女性に対する当たり前への問題意識や違和感に通ずるものがある。
そんな「よりよい生活」の魅力について、藤野氏はスティーブン・スピルバーグが監督を手がけ今年春に公開されたばかりの映画『レディ・プレイヤー1』を引き合いに出しつつ語った。

藤野「『レディ・プレイヤー1』より、『よりよい生活』の方がいいなと思いました。『よりよい生活』では、主人公の女の子は VRチャットの中でゲームをやりながら、彼氏とデートしたりするんです。私がすごくいいなと思ったのが、女の子がVRの世界の中で使っているアバターが鉄の立方体だというところ。『レディ・プレイヤー1』でも同じくVRの世界が描かれているのですが、主人公が好きになる女の子が、アニメに出てくるような可愛くて細くて強そうな女の子のアバターを使っているんです。その女の子は現実世界でもすごく可愛い女の子なんですけれども、そんな女の子がアバターの世界でもいわゆる性的な魅力に溢れた可愛いアバターを使うのかな?と思うと違和感がありました。逆に女性が四角い金属のアバターを使う、というのはすごくリアルでしっくりきます」

大前「せっかく自分の外見を変えられるのなら、現実のしんどいところから逃れられるようなものにしたいですよね。藤野さんの短編集の『ドレス』の表題作でも、主人公の女の人が最終的に鉄の鎧を着ますよね。すごくかっこいいと思いました」

藤野「ありがとうございます。私も“かっこいい”と思って書いた作品なので、そう言っていただけて嬉しいです」

つらい現実から物語に逃げ込む

『回転草』では、主人公がパートナーや家族に対し、金を要求したり、浮気をしたり、盗みを働いたり、殴ったりする描写が頻繁に描かれており、彼らからは他人との関係がうまく築けない絶望感とそれに相反するような生への執着が見てとれる。例えば、「彼女をバスタブにいれて燃やす」は主人公は、突然キリンになってしまった恋人、ミカを持て余し、解体することになる。キリンになる恋人、という異常事態を前にしてなお、お金の心配をする主人公の姿はどこか滑稽で、残酷だ。

恋人というか私にお金をくれる人のクレジットカードが蹄でわれてしまって私はとても困った。どこかに現金はないのかと聞いてもキリンはなにもこたえない。ミカがまだ人間だった空港で出迎えたときに財布をぬすんでいればよかった。
大前粟生「彼女をバスタブにいれて燃やす」、『回転草』p155-156

『回転草』で見られる現実世界への絶望感と生への渇望の一端が、トークからも滲み出ていた。

藤野「大前さんの小説の中に、オオマエアオがキャラクターとして出てきますよね、なぜですか?」

大前「現実ってつらいじゃないですか。だから、物語の中にちょっと避難できたらいいなと。結局あんまりいい目に合わないんですけど。
ハリーポッターにヴォルデモートっていう悪役が出てきて、その人は分霊箱っていう仕組みを作っているんです。自分の魂を分割して保存しておくことでに肉体が滅んでもその人は滅びないみたいな。僕自身も割とそんな感じで、作品の中に自分の名前を出すことで自分のバックアップをどこかに置いておく、という感覚があるんです」

大前氏自身が自覚的にもつ“物語に逃げ込む感覚”は、作中にも色濃く反映されている。実際、表題作においても、主人公の回転草が仕事場である撮影所から抜け出す場面から物語がはじまる。

僕はそのまま舞台セット抜けていく。一応この業界の大御所だから、だれも引き留めてくれず、僕は外に出てしまった。
大前粟生「回転草」、『回転草』p6-7

だからこそ、『回転草』では全編を通し、暴力的で破壊的な要素が詰め込まれているにもかかわらず、どこか救済的な側面も持ち合わせているのだ。

生きていると、しんどさや、やるせなさ、どうしようもなさと対峙することは多かれ少なかれ誰にでも起こりうる。そうした中で、今回のトークイベントは、逃げ込める物語があることの素晴らしさを改めて実感できるものだった。
もし、あなたが今、何かしんどさと戦って生きているならば(そうじゃなくても)、思い切って物語の中に飛び込んでみるというのはどうだろう?

大前粟生
1992年兵庫県生まれ。京都市在住。2016年、「彼女をバスタブにいれて燃やす」がGRANTA JAPAN with 早稲田文学公募プロジェクト最優秀作に選出され小説家デビュー。「ユキの異常な体質または僕はどれほどお金がほしいか」で第二回ブックショートアワード受賞。「文鳥」でat home AWARD大賞受賞。著書に短編集『のけものどもの』( 惑星と口笛ブックス)。

藤野可織
小説家。2006年「いやしい鳥」で第103回文學界新人賞、2013年「爪と目」で第149回芥川賞、2014年『おはなしして子ちゃん』で第2回フラウ文芸大賞受賞。他に、『パトロネ』(集英社文庫)、『ファイナルガール』(角川文庫)などがある。最新刊は『ドレス』(河出書房新社)。

恵文社COTTAGE
「本にまつわるあれこれのセレクトショップ」恵文社一乗寺店がプロデュースするイベントスペース。“体験を共有する新しい「場」のかたち”をテーマにワークショップやライブなど様々なイベントを展開している。
〒606-8184 京都市左京区一乗寺払殿町10 恵文社一乗寺店 南側、TEL 075-711-5919